ふと思うとこのブログのこの記事を読む人…
日本中で13人ぐらいじゃないかと。
凄い巡りあわせで読んでくれてる気がします。
ほんとありがとう笑
今日は会社の取締役と2人でランチ。
気づいてはいるけれど、話すことで改めて考えさせられた一日。
座って間もなくのこと。
「
5年後どうしたいん?」
この問いを振られ、考えているつかの間
「
5年後もWebデザイナーでは飯は食えへんと思うで」
・・・・・
数年前から考えてはいることで、久しぶりに今の自分に投げかけられ
より一層身近に、そして真剣に考えさせられました。
オープンソースや集合知など
お金を払わずして、知識や情報の共有を試みる世の中。
恩恵を受ける反面
クオリティの高いものが無料で手に入るようになる程
Webデザイナーとしては道が狭まることに気づく。
誰でもインターネットのある環境であれば
ブログや、簡単に作れるホームページ作成サービスなど
無料で手軽に持つことができる。
その他質の高い素材やツールも手軽に手に入る。
年々クオリティも向上し、ソースも綺麗でSEOにも強いサービスも
時間の問題で出てくるだろうと思う。
限りなくプロのクオリティに歩み続ける大衆向けのサービス。
その先にWebデザイナーの必要性はあるのだろうか? -
否あるとは思う。
でも限りなく必要になる範囲は減り
個別に価値の見いだせる優れたデザインや複雑なプログラムを絡めたもの、
オリジナリティの高いもの
そんなものが作れる人が残るのだろう、と考えさせられる。
Webの世界は先物取引や新興国の株によく似ている。
その時々の波に左右され、バランスが大幅に変動する。
インターネットの巨大なプラットフォームは延々と成長を続けるものの
Webデザインは恐らく見込みが見えてきてしまっている産業。
度々対比される兄弟のようなプログラマーは
ユニークなサービスを提供し続ける上で必要不可欠。
このインターネットにおいては終りが見えない、そんな気がする。
だけれど
そう悲観的にならなくてもいい、そんな気がしてます。
ある時学んできたことが「0」になるわけではなく、
Webデザインにおける需要が単純に減るだけのこと。
何が言いたいのかと、分かりやすい例だと
例えば英語が皆話せるようになるから英語としての商業的価値は下がるとしても
英語の勉強を通して語順など「ある種の特有の考え方」は他でも利用でき、
例えば中国語の語順は英語のそれと似ているから
他の言語習得も早く、また学ぶ習慣なども
「英語ができない人」よりも遥かに早いと思う。
デザインそのものは古代から続き、今後も不滅であると思うし、
プログラム的な考え方も他で利用できることは間違いないことだと思う。
前職の先輩より教えてもらった
プログラム独自の考え方にある「オブジェクト指向」など
日常レベルに落とせる考え方など様々なことを活かせるのではと感じる。
その「ある種の特有の考え方」は化学反応を引き起こし
その先には壁のない可能性を秘めているんじゃないかと。
一番怖いのは「杞憂して諦める」ことじゃないかと感じる。
こんな話をすると毎度頭を駆け巡る
安斎先生の「あきらめたらそこで試合終了だよ」ですが笑
ともかく成せば成る、そんな気がします。
最悪ダメになったとしても、
選んだ道であればやりきったら悔いはないし、それでよかったと振り返れる気がします。
文章読み返さないで公開するのでいろいろ変かも。
感情のまま連々と。書いてみました。w